青空の下





扉を開けると、風が階段を駆け上がって少し火照った体に心地良かった。
頭上には抜けるような青空が広がっていて、その中を魚の形をした雲が気持ちよさそうにゆっくりと泳いでいる。
どこか心が自由になるようなこの感じ。だからここ――校舎の屋上――は、二人にとってお気に入りの場所なのである。


「はぁ…」
風に乗って聞こえて来る生徒達の声を聞きながら、なぎさが大きく深呼吸する。
そして「うーん」と伸びをするとコンクリートの床の上に腰を下ろして、気持ちよさそうに目を細めて空を見上げる。
「気持ちいい。このまま今日はずっとココに居たいなぁ…」
「ん、ダメよ。あとまだ2時限残ってるんだから」
とはほのかの声である。そう、まだ午後の授業が残っているのだ。
「んもぅ分かってるって。でもさ、こーんなに気持ち良いんだよ?」
「フフッ、それはそうだけど」
まあ確かになぎさの気持ちも十分に分かる。だって本当に爽やかで気持ちが良いんだから。

―――もしイイよって言ったら、なぎさってば驚くかな?

と、ちょっとイケナイ事を可愛らしく想像して、クスクスとほのかが肩を揺らす。
だけどその時
「ねえほのか?ほのかの初恋っていつ?」
本当にイキナリの質問だった。

「どうしたの、いきなり?」
「あ、嫌だったらゴメンね。空見てたら何かちょっと思い出しちゃってさ」
何だか分かったような分からないような。
「うーん…」
でも別に嫌でもなかったので、アゴの先に指をちょこんと当てて考える。
「…ないかな?うん、特にコレって言うのは無いかも」
「えっ、マジで!?」
「もぅ、そんなに驚かなくても…。だって本とかの方が興味があったから」
「そっか…まあでも、何かほのからしくてホッとしちゃったかも」
「ウフフ、それって喜んでいいのかしら。…それで、そう言うなぎさはいつだったの?」
「あたしは幼稚園の時かな。今でもはっきりと覚えてる、その日も凄い綺麗な青空だったんだ…」
そして、なぎさがもう一度頭上を見上げる。
そこを泳いでいたお魚は、いつのまにかいなくなっていた。


「幼稚園の頃さ、良く近所の男の子達と一緒に遊んでたんだよね」
まるであの日に戻ったみたい、と軽く錯覚を感じながらなぎさが語りだす。
「もちろんママゴトも好きだったけど、やっぱり体を動かすのも大好きだったから。エヘヘ、実はかけっこも一番だったし、
ブランコだって一番早く漕げた。おまけにヒーローごっこじゃいつもレッド役だったんだよ!」
エヘン!と少し得意げに胸を張る。もっとも、それは今だって(もちろんヒーローも含めて)変わらないのだけれど。
しかしその自慢な感じはスグに消え、また懐かしい顔に戻る。
「だけど、その日は転んじゃったんだよね。いつもはそんな事ヘッチャラなんだけど、その時だけ何故か泣いちゃった。
いつまでもいつまでも涙が止まらなくて、このまま自分の体が全部涙になっちゃうのかと思った。そしたら―――」
「そしたら?」
「そしたら、一人の男の子が手を差し伸べてくれたの。『オイ、大丈夫か?』って。なんてこと無い普通の事だよね。
でもその子の手を握った瞬間『温かい』って感じた。それで、なんかこうドキッとして……それが初恋、かな」

「ふぅ…」
語り終えてホッと息を吐く。
少しだけ照れた表情で、その時もひょっとしたらこんな顔だったのかもしれない。
「素敵な初恋だったのね」
「ありがと」
「でも、転んじゃったんだ」
「そりゃあたしだって転ぶ事もあるよ」
ポリポリと鼻をかきながら、ほのかの言葉に顔を向ける。
すると、目の前に見慣れた手が伸びていた。
「それじゃあ今度転んだら、私がなぎさを起こしてあげるね!」
ニコッとほのかが微笑みかけてくる。優しい笑顔で、青空に負けないくらいにピッカピカの笑顔。
「ほのか…うん!ヨロシク!」
そして笑顔を返して、その手をキュッと握ってなぎさが立ち上がる。

あれ?この感じ…ああ、そうか

「ねえほのか、やっぱり起こしてくれなくていいよ」
「え、どうして!?だって今…」
「違うよ。そうじゃなくって」
驚くほのかに軽く首を振って、再び手を握る。だけど今度はさっきよりもシッカリと、ギュッと。
「あたしが転ばないように、ずっと握っていてねってコト!」


―――そう、あの日もこんな空だった
    お日様は暖かくて、そして風は気持ちよくて、本当にソックリだったんだよ









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