ある夏の一日
「うわーほら見て見て!海が見えてきたよ!」
「ふふ、なぎさってば子供みたいにはしゃいじゃって。でも本当に綺麗…」
「ねぇ、でもラッキーだよね。アカネさんの知り合いが海の宿を経営してるなんて」
「ホントホントホント。ロケーションも最高らしいよ〜」
「そういえば当のアカネさんはどうしたの?」
「現地で合流だって。アカネさん、先に行ってタコ焼き売るって張り切ってたから」
「へぇそうなんだ。あーでも、何かドキドキしちゃう!格好いい男の子に声なんかかけられたらどうしよう!?」
「ちょっとちょっとちょっと莉奈!それってもしかしてナンパってヤツですか?」
「エヘヘ、あたしこの日の為にダイエットしてきたんだ!アレの誘惑を振り払うのはホント大変だったよ」
「ウッソー!?莉奈、アレ我慢できたの?ありえない…」
―――○○、○○。降り口は右側です…
「…ねぇねぇねぇみんな、ココってひょっとして降りる駅なんじゃない?」
「えっ!?…本当だ!!ほら、なぎさもお弁当なんか選んでないで行くよ!」
「え〜?だってまだ一つも食べてないんだよ!?駅弁って旅行の楽しみの一つでしょ?それなのに…」
「なぎさ、お弁当なら私が作ってきたからそれで我慢しなさい!今は降りるのが先でしょ!」
「でも駅弁が〜」
「ダメ!駄々こねてないで行くわよ、ほら!」
「雪城さん、何かお母さんみたい…」
「てゆーかてゆーかてゆーか、なぎさ子供かよ…」
* * *
「ほらほらほら、行くよなぎさ」
「ちょっと待ってコレで終わるから………よしっ完了!あれ、ほのかは?」
「雪城さんなら先に行って準備するって行っちゃったよ」
「マジで!?志穂、莉奈、何やってんの。早く行くよ!」
「何って、なぎさが一番遅かったじゃん…」
「あーもうそんな事はいいから、とにかく急ごう!」
ワイワイ言いながら先に行ったほのかを追いビーチに飛び出して行く三人。
海水浴客でごった返す中、ようやくほのかを探してみれば数人の男達に囲まれているのが見える。
「ほのかーどうしたの?その人達って誰?」
駆け寄ってくるなぎさ達を見てホッとした表情を見せるほのか。
「なぎさ!良かった、実は…」
だが、ほのかの声を遮る様に男達が喜声を上げる。
「お、この子達友達!?ウヒョー皆カワイイねー。どうよ、俺らと一緒に遊ばない?」
「そうだよ、そうだよ。女の子だけよりずっと楽しいぜー」
「メシだって奢るからさ。大丈夫、変な事なんかしないって」
「そーそー。だからとりえずさ、あっちへ行こうよ」
ナンパーマン達の攻撃。
「な、何この人達いきなり…」
「さっきからずっと絡んでくるの…」
「ねーねーねー莉奈。こう言うの期待してたの…?」
「ち、違うよ。こんなのじゃなくて…」
防戦一方、怯える四人。
「何ごちゃごちゃ言ってんの。いいから行こうぜ!」
そんな四人の様子に少し苛立ったように一人が声を上げ、
いきなりなぎさの肩にいやらしく手を回す。
だがその瞬間、ほのかの中で何かがプチンと切れる音がした。
「ちょっとあなた達、いい加減にしなさい!みんな嫌がってるじゃない!
それにそこ!さっさと肩から手を離して!!大体海にきてロクに入りもせずに
女の子に声をかけてばっかりってどう言う事?一体あなた達は何を考えて生きてるの!?」
眉を吊り上げ一気にまくし立てるほのか。
突然のそんな剣幕に肝を潰す野郎ども。
『スンマセン』と言いながらスゴスゴと退散して行く後姿をしばらく睨んでいたほのかだったが、
くるりと振り返り心配そうな顔でなぎさに聞いてくる。
「なぎさ大丈夫?変な事されなかった?」
「え!?別に何もされなかったけど?」
「良かった…。嫌な事はイヤってハッキリ言わないとダメよ?なぎさはタダでさえ押しに弱いんだから…」
「…うん。ありがとう、ほのか」
なんだか不思議な雰囲気を醸し出す二人。
だがそんな二人とは対照的に志穂と莉奈は
「雪城さんって怒らすと怖いのね…」
「うんうんうん。あたし絶対に怒らせない…」
怒れるほのかに震えていたのであった。
* * *
「あー美味しかった。ところでひかり、アイスタコ焼きなんてメニューにあったっけ?」
アイスタコ焼き…もちろんこんな妙ちくりんな食べ物を出すお店はタコカフェに決まっている。
浜辺で一通り遊んだ後、ようやく休憩の為にココにやってきたのだ。
「アカネさんがせっかくビーチに来たんだからって。特別らしいですよ」
「フーン、特別なんだ…通常メニューに加えればいいのに。そしたらあたし絶対毎日食べちゃう!」
「じゃあ今度アカネさんに聞いてみますね」
「ホントに!?絶対売れるってコレは。あたしが保障してあげる!」
絶対売れない…と心の中で突っ込む他の三人だったが、
志穂がふと思い出したようにみんなに問いかける。
「そうだそうだそうだ。みんなこれからどうするの?あたしはちょっと休憩しようかなって思うんだけど」
「あたしもそうしようかな。雪城さんは?」
「私もちょっと疲れちゃったし…なぎさはどうするの?」
「え、みんな休憩しちゃうの!?あたしまだ元気だし、一人で泳いでくるね!」
さすがにラクロス部キャプテン、元気の桁が他の三人とは違うようだ。
けれどもそんななぎさに対し心配顔をするほのか。
「だけどなぎさ泳げないじゃない。一人で大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!この浮き輪があれば平気だって!」
そう言うと浮き輪片手に駆け出して行く。
そして波打ち際まで辿り着くと浮き輪を装着し慎重に海に入る。
「あの様子じゃ大丈夫そうだよ、雪城さん」
「うん…そうだね」
プカプカと浅瀬で浮かぶなぎさを見て安心したのか、ようやく休憩タイムに入る三人。
ところが…
「おぉーい!女の子が溺れかけてるぞ!!」
楽しげに賑わうビーチに突然響き渡る声。
思わず声の方向に視線を向けた三人の目に飛び込んできたモノ、
それは沖で今にも溺れようとしているなぎさの姿。
ビーチに一気に緊張が走る。
「おいライフガードが居ないぞ!どこ行ったんだよ!?」
誰かの怒鳴り声がする。
――ダメ、間に合わない!
その声を聞き海に向かって駆け出すほのか。
「ちょっと雪城さん!」
「ムリムリムリ!無理だって!」
無謀に思える行動を取ったほのかを止めようと叫ぶ二人。
しかしそんな声など今のほのかに聞こえるハズも無い。
あっと言う間に波打ち際まで辿り着き海に飛び込む。
夢中で泳ぐほのかの姿がみるみるうちになぎさに近づいて行く。
そしてとうとう、沈もうとするなぎさを間一髪で救い上げることに成功する。
浜で歓声が沸き起こる。だがほのかだけは険しい顔を崩そうとはしない。
そう、帰りはなぎさを抱えて今来た距離をまた戻らなくてはいけないのである。
下手をすればミイラ取りがミイラになってしまう、でもやるしかない…そう覚悟を決めた時
「君達、大丈夫か?とにかくコレにつかまって!」
その声と共に浮き輪が投げ込まれた。
ボートの上で咳き込むなぎさに、泣き出しそうな顔をしながらほのかが声を荒げる。
「なぎさ!だから言ったじゃない、一人で大丈夫なのって!もう少しで大変な事になるところだったんだよ!!」
「ゴ、ゴメン…っ!ゲホッゴホッ!!」
「まあまあ喧嘩なんかしないで…。ホラ、もうすぐ浜に着くぞ」
レスキューの言う通りボートが浜に到着する。
そしてなぎさ達が降りるや否や、志穂達が駆け寄ってくる。
「なぎさ、大丈夫!?」
「良かった良かった良かった。平気そうだよ…」
「ほのかさんも大丈夫ですか?」
口々に無事を確かめ喜び合うみんな。
だがそんな中、一人アカネだけが二人を叱り付ける。
「なぎさ!どうしてあんた一人であんな沖まで行ったの!それにほのかも成功したから良かったものの、
あんな無茶な事して一緒に溺れてたりしたらどうするつもりだったの!?」
当然なお叱りにシュンとする二人。
そんな二人の様子にフッと一つため息を付き、今度は優しい声で話しかける。
「まあでも、助かって良かったよホントに。ほのかもよく頑張ったね。
みんな今日は色々疲れてるだろうから、宿に戻ってゆっくり休みな」
アカネの言葉に従い一同が宿に戻っていく。
そして日が暮れた。
* * *
「うわぁ〜綺麗…凄い星空だね、ほのか」
「うん、本当に凄い…」
二人が空を見上げている場所、そこは旅館ご自慢の露天風呂。
頭上には満天の星空が広がっている。
「志穂達も来れば良かったのにね。もったいない」
「久保田さん達は私達が休んでる時に先に来ちゃったんだからしょうがないわよ。
あ、ねぇなぎさ。あの一番輝いてる星が見える?あれはベガって言う星なのよ」
「ベガ?赤い服来てオーラ出しながら飛んでくる人のこと?」
星に刺激されたのか得意の薀蓄を披露しようとするほのか。
だけどもちろんなぎさは何のことだかサッパリな様子。
「…そうじゃなくて、ベガって言うのは琴座の中で一番強く輝く星で、織姫とも呼ばれている星なの」
「織姫ってあの七夕の?」
「そう。あそこにもう一つ同じように輝く星があるでしょ。あれがワシ座のアルタイル。彦星よ」
「あれが彦星…」
「そして上の方で綺麗に輝くのが白鳥座のアルビレオ。今言った、琴・ワシ・白鳥の三つの星座は
夏の三角形って呼ばれててとっても有名なの」
語り終え満足そうなほのか。なぎさも解った様な顔をしている。
「ナルホドさすがほのか、勉強になりました。…あれ?タカとアヒルの間にある、あのY字型の星は何て言うの?」
「ワシと白鳥でしょ…。あれは矢座って言うの。」
「矢座?変なの〜。あ、でも確かに矢の形に見えるかも…」
「あの矢は愛の神エロス、つまりキューピッドの矢だって言われているの。
その矢に射られるとたちまち二人の間に恋が芽生えるって言う伝説があるのよ」
「へー、何だかロマンチックだね…。ねぇほのか、もしその矢が本当にあったら、ほのかだったら誰狙うの?」
気になる男子の名前でも分かればと、なぎさが軽い気持ちで尋ねる。
一瞬の間の後、静かにほのかが答える。
「なぎさ、かな…」
「へぇ、なぎさ……え?」
思わずほのかの方を振り返る。
胸がドキドキする、顔が真っ赤になって行くのが自分でも分かる。
そんな状態の中、搾り出すようにして声を出す。
「あ…ほのか…本気?」
それには答えずに、真直ぐになぎさを見つめるほのか。
「あの…あたし…」
そしてなぎさが何事かを言おうとした瞬間
「フフ、冗談よ!真っ赤になっちゃってどうしたの?」
「!!も〜ビックリさせないでよ、本気かと思ったよ…」
「だってなぎさったら、すぐにひっかかって面白いんだもの」
悪戯っぽく笑うほのか。
「あ〜もうっ、言ったな〜!」
そんなほのかの顔になぎさがお湯をかける。
ほのかもお返しにエイッとかけ返す。
しばしの間キャッキャとお湯かけっこでふざけ合う二人。
「ねえほのか…」
だが不意になぎさが、何時に無く真剣な顔つきで話しかけてくる。
「何?なぎさ」
思わず姿勢を正すほのか。
「今日はゴメンね…。あたし何だか今日はほのかに助けられてばっかりだったね。…ううん、今日だけじゃない。
何時だってほのかに助けられてばっかり、守られてばっかり…」
「なぎさ…」
「でもねほのか。あたしだってほのかの事守ってあげるから。たとえ他の皆がほのかの敵になったって守ってあげるから!
ずっと一緒に居て絶対守ってあげるんだから!だって、だってほのかの事大好きだから…!!」
思いがけないなぎさの熱い想いに、思わず涙ぐんで行くほのか。
「なぎさ…抱きついてもイイ?」
「うん…おいで」
「なぎさ!」
「ほのか!」
熱く抱擁を交わす二人。
もちろんそれは、いやらしいモノでは無く二人の絆の証明。
でも外で聞いていた方々には少々違う風に感じられたようで…
「………何今の?」
「どひゃどひゃどひゃ〜、ちょっとラブラブすぎ…」
「あの、良く聞こえなかったんですけど…」
* * *
「なぎささんほのかさん、長いお風呂でしたね」
ながーい風呂から部屋に戻ってきた二人に、ひかりが声をかける。
「そうでしょ?さすがにのぼせちゃったよ」
「なぎさなんか顔が真っ赤だもんね」
そんな無邪気な答えに志穂と莉奈が意味深に突っ込んでくる。
「あれあれあれ〜、顔が赤いワケはホントにそれだけ?」
「何だかとってもお熱いお風呂だったみたいだけど?」
「??」
ピンと来ない二人。
そんな二人にアカネが痛恨の一撃を放つ。
「あんた達、お風呂の中でも本当に仲が良いんだね〜、羨ましいよ。『ほのかの事大好きだから!』ってか?
いや〜、青春ていいね〜」
――聞かれてた!!
風呂での出来事を思い返し真っ赤な顔になる二人。
「ち、違うの!アレはほのかを…」
「ま、いいじゃん。あんた達なら何かそう言うのもアリだよ、うん」
説明しようとするなぎさを制し、アカネが勝手に納得顔で結論付ける。
「ちょ、ちょっとアカネさん!ねぇほのか〜」
「…そうね……私達ならアリよ。なぎさっ!」
言い終わるや否やガバッとなぎさに抱きつくほのか。
「え?ちょ、ほのか!?」
「うわー雪城さんてば大胆!」
「イヨイヨイヨッ、熱いね〜お二人さん!」
「ちょっとあんた達、ひかりの前でやるんじゃないよ!…ってひかり、あんたも見るんじゃない!」
「なぎさ!私もだーい好きよ♪」
「ほのか…!ちょっと止め…あんっ」
こうして色々と熱い夏の夜は更けて行くのであった。
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