警笛




「ほのか……」

スーツケースの蓋をパチッと閉めるほのかに、ベッドに座っていたなぎさが少し切なそうに声をかける。

「とうとう明日だね…」
「ええ…明日ね…」
「寂しくなるね…」
そう言いながら、感情の高ぶりをこらえるように、なぎさがグスッと鼻をすする。

「でも、ずっとお別れって訳じゃないでしょ?だからもう、そんな顔しないで?」
「だけど…!」
「お願い…。なぎさのそんな顔見ると、私の心が崩れちゃうから…」
「ほのか…」
「もう決めたの…。自分で決めた事だから、だから笑顔で見送って欲しいの…」

静かに、しかし何かを断ち切るように語るほのか。その様子になぎさも「…っ」と言葉を詰まらせる。
と、そんななぎさにフッと微笑み、ほのかが静かに立ち上がる。
「ねぇなぎさ…」
そして隣に腰掛け、なぎさの瞳を見つめながらそっと手を重ね合わせる。
「今まで、ありがとう…」

「…っ…ほのか」
万の思いが詰まった一言に、こらえていた堤防が決壊したかのように涙が溢れてくる。
「…ほのか…ほのかぁっ…!」
膝に顔を伏せ泣きじゃくるなぎさ。その髪を
「……」
とほのかが無言で優しく撫でる。

そしてやがて、そんなほのかの瞳からも熱い思いの結晶がホロリ…


最後の夜。それは、こうして涙で過ぎて行った―――



* * *



「ねえなぎさ?」

放課後の帰り道、どこかぼんやりと歩くなぎさに、莉奈が少し遠慮気味に話しかけてくる。

「雪城さん、今頃何してるかな?」
「え…?」
「きっときっときっと、今はまだ夢の中だよね!?」
「志穂まで…どうしたの、一体?」
怪訝そうに二人を見るなぎさ。
そして、その視線に顔を見合わせ、二人が少し躊躇しながらワケを話し始める。

「あれから3週間位経つけど、何だか心ここに在らずって感じがするからさ…」
「うん…。なぎさ、雪城さんの事まだ消化しきれてないのかなって…」
心配そうな二人。しかしそんな二人の思いをなぎさが大きな声で否定する。
「そんな事ないよ!全然そんな事ないって!」
「でも―――」
「だって志穂も莉奈も知ってるでしょ!?空港でほのかを見送った時、あたしが笑顔だった事を!?だから全然大丈夫だって!」
「けどなぎさ…」
「けども何もないって、本当に大丈夫だから!……あ、そうだ、あたし寄る所があったんだ!じゃあね!」

一方的に話を打ち切って、まるで二人から逃げ出すようになぎさが駆け出して行く。

―――本当に大丈夫…大丈夫なんだから!本当に……



* * *



「はぁっ…はぁっ…」
夢中で走っていたなぎさが荒い呼吸と共に徐々にスピードを緩め、そして立ち止まる。
膝に手をつき肩を上下させて辺りを見回すと、そこは色々な思い出の詰まったあの川べりであった。

―――こんなとこまで来ちゃったんだ…
「ふぅ…」
一つ深呼吸をして土手に座り込み空を見上げる。そして
―――そうよ…あたしは大丈夫。うん、ぜんぜん大丈夫……
と、頭上に漂う雲にニッコリと微笑みを向ける。

「……」
やがて暫らく空を眺めた後、軽くフッと息を吐きながら川へとユックリと視線を移す。
とその時
―――プアァァァン……
近くの陸橋を渡る電車の警笛が聞こえて来て、そしてその音と同調するように
「…ほのか!?」
と、居ないはずのほのかの姿が川原の上に確かに見えた。


―――ほのか…
―――あたし、大丈夫…
幻が消えた先をジッと見つめながら心の中で呟くなぎさ。だが
「…じゃないよ…」

その言葉と共に、頬を一筋の雫が流れ落ちる。

―――…違う…大丈夫じゃない…
―――大丈夫な訳ないじゃない…!だってほのかが居ないんだよ!?
―――あの時の笑顔なんて嘘、ホントはどうしようも無いくらいに悲しかった!

際限なく膨れ上がる、胸の奥底に直隠しにしていた思い。
あの夜流し尽くしたはずの涙が、再び止め処なく溢れてくる。

―――会いたい…ほのかに会いたいよ…!

そして叶わぬ願いと知りながらも
「ほのかぁ…!」
と、抑えきれない気持ちで名前を叫ぶ。が―――


「なぁに?なぎさ…」
「え!?…ほ、ほのか!?」
その声に振り返ると、優しく微笑みながらほのかが立っていた。

「ウソ…」
「もぅ、そんな目で見ないで!?お化けでも何でも無いんだから!」
クスクスと笑いながら、ほのかがなぎさと並ぶように腰を下ろす。

「お母さん達にね、コッチに帰りなさいって言われちゃった…」
「…え?」
「きっと気付かれちゃったのね、顔に出さないように気をつけてたのに…」
どこか楽しそうに言って、ほのかがなぎさの顔を見る。
見詰め合う二人。そして

「ただいま、なぎさ…」
「うん…お帰り!」


・ ・ ・


「あたしね、改めて気付いた事があるんだ…」

美しい夕日にオレンジ色に染まりながら、瞳に残る涙をゴシゴシと擦ってなぎさがほのかに話しかける。

「何に気付いたの?」
「ほのかの事だよ…」
「私の事?」
「うん…まぁ正確にはチョット違うけどね…」
そう言って少しモジモジとするなぎさ。
だがスグに、自分を待つほのかの目を、意を決したようにキッと見据える。
「ほのかが居なくなって分かったの。あたしね…」

「あたし、ほのかの事―――」

―――プアァァァン

「―――だって…」
「!!……なぎさ、私も!」

なぎさの言葉に笑顔で涙ぐむほのか。
そしてなぎさが、そんなほのかの手をそっと取る。

「ねぇ、行こう!?戻ってきたお祝いしなきゃね!」
「え?でもなぎさ、お家に帰らなくていいの?」
「いいのいいの!そんな事よりこっちの方が大事だって!さ、ドコ行こっか!?」



* * *



―――数日後


「お早うお早うお早う!」
「雪城さん、今日から学校に復帰なんだ!?」
と嬉しそうに駆け寄ってくる志穂と莉奈に
「うん。なんだか出戻っちゃって…でも、これからもまたヨロシクお願いします」
と、ほのかがペコリと頭を下げる。

「さて、これでまたみんな一緒だね!」
「おっ!?なぎさ、その顔だよ!」
「顔…?何それ?」
その指摘に、キョトンとなぎさが首を傾げる。
「笑顔だよ笑顔。雪城さんが居なくなってから、なぎさのそんな笑顔見なかったからさ…」
「だよねだよねだよね。でも今はスッゴイいい顔してたよ!」
「そうかも…。だって分かったんだもん、あたしにはほのかが居ないとダメなんだって…」
そう言いながら、なぎさが熱ぽい視線でほのかへと振り返る。
「だからほのか、ずっと一緒にいてね?」
「ううん、なぎさ。私の方こそお願い…」
そして二人がギュッと手を握り合う。
まるで永遠の愛を交し合うかのような二人。そんな雰囲気に志穂と莉奈も思わず赤面する。

「ちょっとちょっとちょっと!何か二人だけの世界に入ってない!?」
「二人とも何かあったの?前とちょっと違くない?」
「そう?何も無いよ。ね、ほのか!?」
「うん。特別な事は何も…ね」
視線を合わせ、二人が意味深にクスクスと笑う。

「あー、何それ!絶対なにかあったな!?」
「いいでしょ何だって!ホラほのか、行こう!?」
「もぅなぎさ、そんな急に…!」
莉奈の言葉に、握ったほのかの手を引っ張ってなぎさが走り出す。

「あっ逃げた!?」
「待て待て待てー!」
「そう言われたって誰が待つかっての!…ねぇ、ほのか?」
握った手に力を込めて、なぎさがチラリとほのかに視線を向ける。そして―――

「スピード上げるから、転ばないようにしっかり手を握っててね!?」
「うん、もちろん!絶対に離さないわ!もうどんな事があっても絶対に!」
「フフッ、じゃあ行くよ!?それっ―――」









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