記憶の君  



暖かな日差しが降り注ぐ昼休み、校舎の屋上から笑い声が聞こえてくる。
声の主はなぎさとほのか。他愛の無い会話で笑い合う二人を、そよ風が優しく包み込む。
そこに流れるのは二人だけの掛け替えの無い時間。
弾む会話、そしてこぼれる笑顔の中、ほのかはふと思う。

――もしなぎさとこうして出会わなかったら、こんなにも笑う事なんてあったのかしら?
きっと休み時間はいつも読書で、帰りは寄り道といえば図書館くらい。
朝も時々は幼馴染と一緒だけれど、普段は本を読みつつ一人で登校……
別に嫌な事とは思わないけど、何だかひどく寂しく感じて胸がキュッと締め付けられる。

(アレ?って言う事はやっぱり嫌な事なのかしら?)
嫌な事?それとも嫌じゃない事?難しい顔で考えていると、なぎさが怪訝な顔で聞いてくる。
「ほのか?聞いてる?」
「う、うん。もちろん!それでどうなったの?」
「で、その王子様がさ、お姫様を助ける為に……」
お姫様を助ける王子様ね…、なんだか私となぎさの事みたい。
あ、別に私がお姫様だって言いたいワケじゃないのよ。
私にとってはなぎさが王子様みたいだって言いたいの。

そう、いつだって私の側に居てくれた。
いつだって心の支えになっていてくれた。
闇に囚われた時だって、絶対来てくれるって信じてたから頑張れた。
どんなに困難な事だって、なぎさと一緒だから乗り越えられた。
いつも私に勇気と元気を与えてくれる私の王子様。それが私にとっての美墨なぎさ。
そう言えば、なぎさはきっと覚えていないだろうけど、あの時だってそうだった…


………

……




―――お客様大感謝セール実施中!今日だけ全商品4割引き!

こんな安売りのチラシが入ってきたとあれば(しかも休日に)行かない手はないだろう。
当然あらゆる売り場は芋の子を洗うように買い物客で混雑している。
もちろんお菓子売り場とて例外ではなく、仲良くお菓子を物色している親子連れで賑わっている。

「ほのか、ほのかはどのお菓子が欲しいんだい?」
そんな喧騒の中、幼いほのかの手をしっかりと握りながらさなえが優しく問いかける。
「・・・おとうさんとおかあさん」
「え?」
チョコレートとかキャンディーがいいな、そんな答えを想像していたさなえだが予想外の返答に返す言葉が見つからない。
「どうしてほのかのおとうさんとおかあさんはいつもいないの?ほのかもほかのコみたいにみんなでおかいものしたいよ!」
さなえをさらに困らせようと意図する訳では無いのだろうが、ますます声を大きくするほのか。
日ごろ胸にしまっていたであろう寂しさを思い出してしまったのか、とうとう泣き出してしまった。
そんなほのかに対し、どうしてやることも出来ず、ただオロオロするばかりのさなえ。
周囲の視線が二人に集まり出す中、突然一人の少女が近寄ってきた。
「なかないで」
「!?」
「ないちゃダメだよ。そうだ、さっきかってもらったこのバトルレンジャーチョコあげるから、もうなかないで?」
そう言って少女はいくつか持っていたチョコの一つをほのかに差し出した。
突然の事に戸惑うほのか。だが少女の顔を見るうちに、不思議と悲しみが和らいでくる。
「…うん、ありがとう。もうなかないよ…。ねえ、おなまえはなんていうの?」
涙を袖でぬぐいながらほのかが問いかける。
「なぎさ。みすみなぎさっていうんだ!じゃあねバイバイ!」
少女はそう元気良く答えると両親の元に走り去って行ってしまった。

そのやり取りを見ていたさなえがほのかに優しく語りかける。
「ほのか、ほのかもあの子みたいに元気に頑張らなくちゃね」
「うん、おばあちゃま!」
先程の涙は何処へやら、満面の笑顔でほのかは答えるのであった。
(なぎさ…っていってたけどおんなのこなのかな?でもとってもステキなコ!)



* * *



「…王子様だったのよね、その時から」
呟くほのかの頬を、爽やかな風がそっと撫でて行く。
その刺激にふと視線を横にすると、そこにあるのは自分をじっと見つめるなぎさの顔。
なんだか心の中を全て覗かれてるような気がして顔が真っ赤になって行く。
「何?誰が王子様なの?」
「あ、ううん。何でもないの!」
「何でもないって、王子様がどうのって言ってたじゃん?」
「だから何でもないってば!…そ、それよりなぎさ、口元に海苔が付いてるよ、取ってあげようか?」
「え!?ホントに?お願い!」
口元の海苔が取りやすいようにと少しだけ突き出したなぎさの顔にまずほのかの手が、
そして次に顔が近づいてくる。

――え?チョット待って、何で顔が近づいてくるの?コレってまさか…

気付いた頃には時既に遅し、あまりにも無防備だったなぎさの唇にほのかの唇が重なる。
暫くの後、そっと唇を離したほのかが少し頬を赤らめながら口を開く。
「久しぶりね、こうしてキスするの…」
茫然としていたなぎさだったが、その声でハッと我に返る。
「ちょ、ちょっとほのか!?何でキスなの?海苔はどうしたの?他の人に見られたらどーすんの!?」
「フフ、海苔なんて嘘よ。それに辺りに人なんていないから大丈夫」
慌てるなぎさに対し、悪戯っぽく微笑むほのか。
「ズ、ズルーイ!いつもほのかからばっかり、今度はあたしから…!」
「ダ〜メ。そろそろお昼休みが終わるから戻らなくっちゃ」
「むー!!」
むくれるなぎさの手を握り立ち上がるほのか。
「ねえ、なぎさ?」
「うん?」
「これからもずっと、なぎさは私の側に居てくれる…?」
「…当たり前じゃん。王子たる者が姫様の側を離れる訳ないじゃない!」
「!?王子ってなぎさ、どうして…」
その問いには答えずにただニコニコと笑顔のなぎさ。
「ま、いいか。フフ、ありがとう…さ、行こう! 」
深く追求するのは野暮な事かな…と笑顔で駆け出すほのか。
「あ、それからね、あの時のチョコとっても美味しかったよ」
「は、チョコ?ってほのか、何の事?」
「フフ、いーの何でも♪」

二人が教室に消えた時、午後の始業を告げる鐘が鳴り響いてくるのであった。









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