絆



きっかけは本当に些細な事なのに、私達があんな事で喧嘩になっちゃうなんて思いもしなかった。
私だって少し言い過ぎたって事は認めるけど、なぎさだってアレは無いと思うのよね…。
…でも、やっぱり私が悪いのかな……

「ハー…」
何度目かのため息をついた時、今まで黙っていたミップルがひょっこり顔を出してほのかに語りかける。
「ほのか、本当は喧嘩したこと後悔してるミポ?なぎさだってきっとそう思ってるミポ。早く仲直りした方がいいミポ」
「うん…そうだねミップル。私からちゃんと謝って仲直りした方がいいよね…」
明日の朝一番になぎさに謝ろう。
そう決心し校門を出ようとしたほのかに突然、一人の男子が話しかけてきた。
「雪城さん、話があるんだけどいいかな…?」
「何ですか?」
「あの……好きです!もし良かったら、俺と付き合って下さい!」
はーまたか…。1ヶ月に1回はあるし、この手の告白には慣れてるのよね。
「えと…」
ゴメンなさい――そう言おうとした瞬間、先程の喧嘩の情景が頭の中で一瞬フラッシュバックする。
「――ハイ…喜んで」
「え、え!?本当にOKなんですか!?」
「うん、もちろん」
自分でも思いもしなかった言葉が次々と口から飛び出してくる。
(えっ…何でこんな事を言うの?相手の事何にも知らないのに…。仕返し?……なぎさ?まさか…でも…)
嬉しさでにやける男子の横で、ほのかは茫然と自問自答を繰り返すのであった。

・ ・ ・

きっかけは本当に些細な事なのに、あたし達があんな事で喧嘩になっちゃうなんて思いもしなかった。
もちろんあたしだって少し言い過ぎたって事は認めるけど、ほのかだってアレは無いよね…。
…でも、やっぱりあたしが悪いのかな……

「ハー…」
何度目かのため息をついた時、今まで黙っていたメップルがひょっこり顔を出してなぎさに語りかける。
「なぎさ、なぎさは本当は喧嘩したこと後悔してるメポ。ほのかだってきっとそう思ってるメポ。早く仲直りするメポ」
「うん…そうだねメップル。あたしからちゃんと謝って仲直りした方がいいよね…」
明日の朝一番にほのかに謝ろう。
そう決心し校門を出ようとしたなぎさに、誰かの話し声が聞こえてくる。
「雪城さん、話があるんだけどいいかな…?」
「何ですか?」
(ほのかと誰?男の子?何の話?)
別にやましい気持ちなどないのに、思わずなぎさが物影に身を隠す。
「あの……好きです!もし良かったら、俺と付き合って下さい!」
(なんだ告白か…ほのか、男子に人気があるからな〜。でも絶対に断っちゃうんだよね、勿体ない…)
「――ハイ…喜んで」
(ほらね、やっぱ……えっ!?今ハイって言った?)
「え、え!?本当にOKなんですか!?」
「うん、もちろん」
想像だにしていなかった言葉が、次々と耳に入ってくる。
(ウソ…ほのかがOK?ありえ…なく無いケド、でもほのかが…嘘、やっぱりアリエナイ…)
ひょっとしたら冗談じゃないか、と先程の情景を頭の中で反芻するなぎさ。
だが当然冗談であるはずも無くただただ茫然とその場に立ち尽くすのであった。



* * *



「ハァァァッ」
物憂げな顔でなぎさが大きくため息をつく。
そんな様子を見ていつもの二人が少し心配そうに声を掛けてくる。
「ねーねーねー、なぎさってばどうしたの?今日なんだかため息ついてばっかりじゃん」
「そうだよ、雪城さんとも今日は話もしてないみたいだし。何かあったの?」
「え?ううん、なんにも無いよ。あ、何その顔信じてないでしょ!本当に何でも無いって!」
そう笑顔で否定するなぎさだったが、心の中では勿論ずっと悩みっぱなしである。
(ハァ、結局謝るどころかほのかと会話もしてないよ…。昨日のあの事がどうしても頭から離れなくて
なんだか話しかけづらいんだよね…。大体ほのかはどう思ってるんだろう?OKしたって事は
満更でもないって事だろうし……って、こんな事考えてる場合じゃないよね。とにかくほのかに謝らないと。
よし、放課後には絶対に!)
一人自席にて読書をしているほのかをちらと眺めながら、なぎさはそう決心したのであった。


「ハァ」
一人本を読みながらほのかが小さくため息をつく。
もちろんそのワケはなぎさとの事。
(結局謝るどころかなぎさとお話することも出来なかったな…。昨日の事がどうしても引っかかって
なんだか話しかけづらいのよね…。なぎさには何の関係も無い事だって言うのは分かってるんだけど……
そうね、関係ないもんね。うん、なぎさに謝ろう。放課後の校門で待ってればきっと出会えるはずだし)
志穂、莉奈となにやら会話をしているなぎさを視界の隅で見ながら、ほのかはそう決心したのであった。



* * *



放課後の校門の片隅で、ほのかが一人立っている。
もちろんなぎさを待っているのだが、サッパリやってこない。
(ひょっとして、もう帰っちゃったのかな…?)
徐々に不安に駆られ始めるほのかだが、その時とうとう待ち人が姿を現した。
「なぎさ!」
勇気を振り絞りなぎさに声を掛ける。
「ほのか!?な、何…?」
「あの、ちょっと話があるんだけど…」
一瞬意外そうな顔をしたなぎさだが、直に静かな口調で切り返す。
「…あたしもほのかに話したい事があるんだ。…でも、先にいいよ?」
「ありがとう…。あの、昨日は――」
昨日はゴメンなさい――そう続けようとした瞬間

「雪城さん、一緒に帰ろうよ!」
ほのかの言葉を塞ぐ様に声が聞こえてくる。
思わず声の方を振り返る二人。するとそこに居たのは昨日の男子。
「いいだろ?一緒に帰るくらい。俺たち付き合うことになったんだから、それ位は当たり前でしょ?」
「え?あの、でも……」
「まさか照れてるの?可愛いなぁ雪城さんは。ほら行こう!」
強引にほのかの手を取りグイと自分に引き寄せる。
と、ここで初めてなぎさに気付いた様である。
「あれ?君、雪城さんの友達?だったらこれからちょくちょく会うだろうから、ヨロシクね!」
そう言い放つと戸惑うほのかを半ば強引に引っ張るようにして、スタスタとその場を離れて行ってしまう。
呆気に取られ立ち尽くすなぎさ。
だが気を取り直すと、その心を先ほどの言葉がキュッと締め付けてくる。

――俺たち付き合うことになったんだから――

(ほのか、本当にあの人と付き合うことになったんだ…。結局謝る事も出来なかったし、
なんだかほのかが遠くに行っちゃった感じがするな…。もちろんほのかとあたしは別だって分かってる。
分かってるけど…寂しいな…何でだろ…)

二人の姿が完全に見えなくなったしばらくの後、心の苦しさを感じながらなぎさは一人帰路につくのであった。



* * *



「キャプテンお疲れー」
「お疲れサマでーす」
練習が終わり部員達が次々に声をかけてくる。
その応対がひと段落した後、いつものように洗顔する為水場に向かう。
両手に水を溜め、呼吸を止めた顔に勢い良く叩きつける。
それを幾度か繰り返した後、流れ出る水を止めフーッと一つ息を吐き出す。
最後に顔に残る水滴をタオルで拭い、ゆっくりと面を上げる。

「……」
何を思うのか、その視線は遠くを見つめたまま。
だが直に、身じろぎひとつせずに遠くを見つめたままのなぎさに、二つの人影が騒がしく近寄って来る。
「なぎさなぎさなぎさ、知ってる?雪城さんの事」
「ほのかの事…何?」
ドキリと高鳴る胸の鼓動。だが動揺を見せまいと努めて冷静に聞き返す。
「雪城さん、近くの男子校の生徒と付き合ってるんだよ!この目で見ちゃったんだから!」
「それでね、悪いなーとは思ったんだけど、気になっちゃってしばらく後をつけてみたんだ」
「そしたらナントナントナント、明日デートに行くらしいよ!何だかとっても良い雰囲気だったし、
ひょっとしたらひょっとするかもよ〜」
「うん、これはなぎさ絶対に先越されちゃうね」
抜群のコンビネーションを披露する志穂と莉奈。
そんな二人に少し苛立ちながらなぎさが反論する。
「ちょっと、先越されちゃうって何よ?大体ほのかとあたしは別なんだから、ほのかが何しようが
あたしには関係の無い事でしょ?」
「えっ、でもなぎさ…」
「あーもういいから。ほら、さっさと着替えて帰るよ」
顔を見合わせる二人を置き去りにするようにその場を立ち去る。
「でもあの男子、どっかで見たことあるんだよね…」
「あるあるある。確かちょっと前まで隣のクラスの子と付き合ってなかったっけ…?」
背中にザクと突き刺さる二人の声。
(ほのかはほのか、あたしはあたし、別に関係ないモンね。それにほのかだって楽しそうだったみたいだし、
それならいいじゃない。そう、それでいいんだ……)
そう自分を納得させ、なぎさは足早にグラウンドを離れるのであった。



* * *



「今日はとっても楽しかったよ。雪城さんもそうだろ?」
「え?…うん、そうね…」
薄暮の人気の無い公園から、デートを終えた二人の声が聞こえてくる。
「それじゃ私はお家でおばあちゃんも待ってるし、これで…」
素っ気無い返事をし、急ぎ家へ帰ろうとするほのか。
「あ、待って雪城さん!」
だがそんなほのかの肩口をつかみ強引に振り向かせる。
「雪城さん…いや、ほのか。いいよね…」
(えっ?いいよねって、まさか…)
こういう事にはニブイほのかでも、さすがにこの後に何が待っているのかは分かる。
分かるのだが何故か体が動かない。
(イヤッ、誰か…なぎさ…)
心で助けを求めるが、無常にも二人の顔の距離が段々と近づいて行く。
30cm、10cm、5cm…。

そして……




「ちょっと待ったーっ!!」
静寂を切り裂き、場違いな大声が辺りに響き渡る。
「なぎさ!?」
「な、なんだよ君は!?もう少しだったのに…」
驚く二人の目の前に、なぎさが肩を怒らしながら現れる。
「あんた今ほのかにキスしようとしたでしょ?あんたみたいな好色男に、ほのかの大切なファーストキスを
奪われてたまるもんですか!!」
「ちょ、ちょっと、いきなり現れて何言ってんだよ…」
「なぎさ、ちょっとどうしたの…」
「ほのかもほのかだよ、あのままだったらキスされてたんだよ!?それでも良かったの?ダメ、そんなの絶対許さない!!」
「ダメ、絶対許さないって…そんな事なぎさが決める事じゃないでしょ!?私は自分で考えて自分で行動するんだから!」
「ううん!ほのかはね、あたしが守るって決めてるんだから!だからキスだなんて絶対にダメなんだから!!」
「決めてるって、さっきから勝手な事ばかり言わないでよ!それにそんなに私のファーストキスが心配なら、
なぎさが最初に私にキスすればいいでしょ!?」
「っ…分かった、そうするからね!!」
売り言葉に買い言葉でしょ?マサカ本当にはやらないよね…二人のやり取りに圧倒されていた男のそういう考えとは裏腹に、
なぎさがずかずかとほのかに歩み寄って行く。
そして無造作にほのかの顔に手をやると、一気にその唇を奪う。

「…ん」
「…っ」

先程までの怒りをぶつけ合うかのように、互いに激しく唇を絡ませあう二人。
だがしばらくすると、二人の様子に変化が感じられるようになる。
それは相手に対する怒りではなく、慈しみの念が感じられるようになった事。

やがて唇がどちらとも無くそっと離れて行く。
そして互いに頬に手を添えたまま暫く見つめ合う。
「ほのか…色々とゴメンね?」
「ううん、私のほうこそゴメンなさい…」
真白な、素直な心で気持ちを口にする二人。
そして何が可笑しいのかクスクスと笑い合う。
しばらく笑い合った後、真顔に戻ったほのかがなぎさに問いかける。
「ねぇなぎさ?」
「うん?」
「来てくれて有難う…。でもどうして?」
「それは…大切な人だから。ほのかが傷つくなんて許さない。だから絶対にあたしがほのかを守るんだって、
そう思ったら居ても立ってもいられなくなっちゃって…。ほんと勝手だよね、あたしって…」
「なぎさ…そんな事ないよ。凄く嬉しい…本当に有難う」
なぎさの気持ちに心からの優しい笑顔で応えるほのか。
そんなほのかを見てなぎさもまた笑顔になる。
「ねえほのか、今度はあたしから質問していい?」
「何?」
「あたしが来なかったら、その…あのヒトとキスしてたの?」
そう言ってなぎさが先程からへたり込んでいる男の方に視線を移す。
「さあ…でもなぎさは来てくれたでしょ?私は信じてたから、なぎさの事」
「ほのか…」
「なぎさ…」
再び重なり合う二人のシルエット。
その頭上にはいつの間にか星が瞬いてるのであった。



* * *



「アハハッ」
「ウフフッ」
いかにも楽しそうに、なぎさとほのかが笑い声をあげる。
そんな様子を見ていつもの二人が興味深そうに声を掛けてくる。
「ねーねーねー、二人ともどうしたの?今日なんだか随分と楽しそうじゃん」
「そうだよ、先週は全然話もしなかったのに。何かあったの?」
「え?ううん、なんにも無いよ。あ、何その顔、信じてないでしょ!本当に何でも無いって!ね、ほのか?」
「うん!ね、なぎさ」
そんな回答にすっきりしない顔の二人だが、突然志穂が思い出したようにほのかに尋ねる。
「そう言えばそう言えばそう言えば、雪城さん一昨日デートしたんでしょ?彼とはどうなの?」
「え…彼とはもう、ううん最初から何でも無いのよ」
その答えに莉奈が驚きの声をあげる。
「え、どういう事?別れちゃったの!?…結構格好良かったのに、勿体無いな」
「フフ、いいの。だってもっと大切なモノが見つかったんだから」
「大切なモノって?」
「それは……秘密。ね、なぎさ?」
「うんそうだね、ほのか」
そして顔を見合わせ二人は再び笑い出す。


大切なモノ――それは二人の絆。互いに想い合う、信じ合う、そして愛するという事。

二人の絆――それは決して消えること無く、これからも輝き続けるであろう永遠の絆。

これからもきっと、二人の前には幾つもの困難が現れる。
だけど二人は大丈夫。

二人の間には、彼女達だけの特別な「絆」があるのだから。









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