虹色ナミダ
空は何所までも薄暗く、一面に生暖かく薄気味の悪い風が吹いている。
大地にはあちこちにヒビが割れ、そこから底なしの闇が顔を覗かせていて、命の息吹などは微塵も感じられない。
ここはドツクゾーン。邪悪なる王が支配した闇の世界。
しかし今ではその主の姿は無く、王座には巨大な岩が無造作に転がっているだけである。
恐るべき野望は光の絆に敗れ、闇の力は再び永い眠りについたのだ。
だが
―――カタリ
どこかで小石が転がる音が聞こえる。
誰も居ない、何も起こらないはずのこの世界。しかし確かにその音は聞こえた。
そして風が一際強く吹いた時、深い闇の中で不気味な瞳がギラリと光った。
「……ナミダを」
* * *
空は今日も良く晴れていて、その中を白い雲が一つ、ふんわりと漂っている。
「お待たせしました」
その声と共に、ひかりがたこ焼きのお皿を二つ、トンとテーブルに並べる。
「待ってました。いただきまーす!」
直ぐに聞こえてくるなぎさの声。そして、たこ焼きを一つ口へと放り込むと
「くはー!やっぱアカネさんのたこ焼きって最高!」
と、この上なく幸せそうな顔で「うーん」と小さく首を振る。
「ホント、生きてて良かったって感じ!」
「もうなぎさったら。大袈裟なんだから!」
「ウフフ。なぎささん、本当に嬉しそうですね」
なぎさの顔に、ほのかとひかりもつられてニッコリと笑顔になった。
何てことの無い休日の、何てことの無い穏やかなひと時である。
とその時、そんな柔らかでなんて事の無い雰囲気の中、カウンターの奥からヒョイとアカネが顔を見せた。
「ところで嬉しいのは結構なんだけどさ、確かもうすぐ中間テストでしょ?ほのかはともかく、なぎさはちゃんと勉強してるの?」
「んぐ…」
トントン、となぎさが胸を叩く。
「アハハ。それが全然…」
「全然って、そんなんで大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ほら、あたしってば追い込まれると力を発揮するタイプだから。ね、ほのか、ひかり!?」
「え?…そうかもね」
「そ、そうですね…」
自信満々の声に、あはは…と二人が微妙な笑顔で答える。
「そうなの?何だか二人とも困ってるみたいだけど?」
「あーもう、いいからいいから!それよりアカネさん、もう一皿お代わりね!?」
どこまでも明るく、なぎさがアカネに視線を向ける。
と、そんな親友の明るさに、ほのかがハァとため息混じりに息を吐いた。
・ ・ ・
「はーあ…」
先程までの元気さとは打って変わって、力無く肩を落としてなぎさが歩いている。
と言うのも向かう先はほのかの家で、あの後色々と有り、結局テストに向けて勉強する事となったからである。
「せっかくの休日なのに勉強かぁ…」
「んもぅ。そんな事言わないの。一夜漬けじゃあ本当に勉強した事にはならないんだから」
正におっしゃるとーり。愚痴をこぼすなぎさに、ほのかがピシャリと正論を言った。
ちなみに、先程もこんな感じで勉強から逃げるなぎさを手厳しく怒ったのだ。もっとも、さっきは今よりもずっと眉が吊り上がっていたのだけれど。
「それは分かるけどさ、あたしだよ?やっぱり今から勉強したって無駄なような気がするんだよね」
「そんな事ないミポ。きっと今度のテストいい点数が取れるミポ」
「だといいケドね…」
「大丈夫メポ。テストが終わればやって良かったと思うメポ」
「メップル…」
皆の優しい励ましに、なぎさが少しだけ笑顔を見せる。
が―――
「だから、もたもたしてないでさっさとほのかの家に行くメポ!」
「……。はぁっ!?」
「なぎさ達が勉強してる間、メップルはミップルと二人っきりでいられるメポ!あー楽しみだメポ〜、久しぶりメポ!」
「いやだもう、メップルたらミポ!ほのか達の前で恥ずかしいミポ!」
「くーふふふ、らーぶらーぶミップル!」
「らーぶらーぶメップル!」
「この……」
イチャツク二匹に、握ったコブシがプルプルと揺れる。
「本当の狙いはそれかいっ!」
そして、容赦なくメップルの頬をグリグリとこねくり回す。
「あ゛ー、誤解だメポォ…。思わず喜びが口に出ただけ……」
涙を浮かべながら言い訳するメップル。しかし勿論グリグリが終わるはずも無く、されるがままである。
だが
「…!?なぎさ!」
次の瞬間、突然何かに気付いたかのようにビクッと身体を震わせた。
「何よイキナリ。そんな声出したって誤魔化されないんだからね。図星だったんでしょ!?」
「違うメポ!何か嫌な感じがするんだメポ!」
「メップルの言う通りミポ。二人とも気をつけるミポ!」
「ちょっと、それって…!?」
「まさか、闇の…!?」
その言葉に慌てて身構える二人。ゴクリと唾を飲み込んで、ジッと気配を探る。
「ミップル、一体どこに感じるの!?」
「分からないミポ。ただ近くに感じるミポ…」
「そうメポ。すごく近くメポ…。例えば―――」
「「後ろメポ・ミポ!!」」
そして振り返ると、そこには真っ直ぐに向かって来るザケンナーの腕があった。
「ちょっとぉ!?」
「きゃあっ!」
本当に危機一髪、まさに紙一重のところで何とかその攻撃をかわし、二人が急いで距離を取る。
「なぎさ、今がチャンスメポ!」
「変身するミポ!」
「もちろん!ほのかっ!」
「うん、なぎさ!」
―――デュアル・オーロラ・ウェーイブ!
「闇の力のシモベ達よ」
「とっととお家に帰りなさい!」
「…って、アレ?」
「どうしたのかしら…?」
いきなりのキョトンとした顔である。
それもそのはず、ビシッと決めた指の先のザケンナーが、何故かキョロキョロと落ち着かない様子なのだ。
「何か探してる…?」
「ちょっとアンタ!人を攻撃しといてその態度はどういう事よ!?」
少し間違っている気もするが、ともかくブラックがコブシを振り上げる。
だが当のザケンナーは、その声に「チラッ」と一瞥をくれただけで直ぐにフンと背中を向ける。
「もう、何アレ!?アッタマきた!」
「あ、ブラック!ちょっと!?」
プンスカと頭から湯気を出しながら、ブラックがザケンナーへと走り出す。
そして壁を使って三角飛びの要領で頭上にジャンプすると、そのままの勢いで体ごとぶつかるように蹴りを放つ。
「ザ、ザケンナーッ!?」
「どんなモンですか!」
派手に吹き飛んでいくザケンナー。クルリと回転しながら着地して、ニッとブラックが得意げに笑う。
「だけどブラック、油断しちゃダメ」
「分かってるって!」
もちろん油断などするはずがない。姿は可憐だが、なんと言っても伝説の戦士なのである。
「…来るみたいね」
「ここからが本番ってカンジ?」
サッと身構える二人。立ち上がったザケンナーが、プルプルと体を震わせながらコチラに振り返る。
「ザケンナー!」
怒りの表情でザケンナーが二人に向けて口から何かを発射した。
それは高速で回転していて、触れるもの全てを切り裂きながら飛んで行く。
もしこれが当たれば、流石の二人もただでは済まないだろう。当たれば、だが。
「ふっ!」
「よ!」
軽く気合を発しながら、ホワイトはヒラリと優雅に、ブラックは直線的に力強く、襲い来る攻撃を楽々とかわす。
そんな様子に一層頭に血が昇ったのか、悔しそうに唸りながらザケンナーが闇雲に腕を振り回す。
しかし当然有効なはずも無く、それどころか大降りなだけに隙だらけで、その間を突いてブラックが一気に懐に潜り込む。
「どりゃーっ!」
鋭い突きの一撃。ザケンナーがよろめき、そしてその手を流れるようにホワイトが掴む。
「エェイ!」
大きな弧を描いて巨体が宙を舞う。地響きと共にモクモクと土煙が立ち昇る。
「ブラック、今メポ!」
「マーブルスクリューミポ!」
「うん!」
今がチャンス!メップル達の声に、二人が「決めるよ」と視線を合わす。
「ブラックサンダー!」
「ホワイトサンダー!」
―――プリキュア・マーブルスクリューマックス!
放たれる必殺技。光の波動が一直線にザケンナーへと押し寄せる。そして―――
「あのザケンナー、何か探してたみたいだったけど…?」
「ん?ああ、そう言えば…」
変身を解いて、思い出したようにほのかが呟いた。
確かに今のザケンナーは何かおかしかった。
結局はいつもと同じ展開になったとは言え、最初に二人を攻撃したのだって単にそこに居たのが邪魔だったからだろう。
しかしなぎさは大して気にする素振りも見せずに、あっさりとほのかに答えた。
「ま、気のせいだよ」
「…そうよね。気のせいよね」
無理矢理に納得したような感じではあるが、ともかくほのかが笑顔を取り戻す。
「それじゃあなぎさ、早く家に行きましょ?沢山勉強する科目あるもんね!」
「え〜!?今ので疲れちゃったよ…。また今度じゃダメ?」
「ダーメ。ほらほら、早く!」
「はーい…。てかほのか、なんか楽しそう…ハァ」
再びほのかの家へと歩き出す二人。こうして、今日の騒動は終わった。
しかし
「…あれがプリキュア」
物陰から不意に現れた小さな影。
その影が、遠ざかる二人の背中にポツリと呟く。
そう、本当は少しも終わってなどいなかったのだ。
* * *
傘の花が四つ、仲良く並んで咲いている。
「はーあ…」
いかにも『ツマラナイ』といった感じのため息と共に、なぎさが恨めしそうに空を見上げる。
今日は朝から雨が降っていて、しかも放課後の今までずっと止むことなく降り続いている。だから、今のため息なのだ。
「雨だと何か調子狂っちゃうんだよね…。オマケに体育も部活も中止になっちゃうしさ…」
もう一度軽く愚痴るなぎさ。と、その言葉に莉奈が「ん?」と反応する。
「調子が狂う、か…なぎさ、だから授業中寝てた訳?」
「だけどだけどだけど、それって何だかいつもの事じゃない!?」
「あぁ、それもそーか」
だが本当にあっさりと、志穂の言葉に納得した。
「ちょっと志穂、莉奈!?勝手な事言わないでよ。あれは……疲れてたんだって。昨日の勉強で…」
「昨日の勉強?それって雪城さんの家でやったテスト勉強の事?」
「そう言えば、その成果はどうだったの?」
「それがバッチリ!いやー、自分でもビックリしちゃったよ。あんなにはかどるなんて思わなかった!」
少し照れたようになぎさが答えた。言っているように、自分でも信じられないのだろう。
「へぇ、マジで!?雪城さんって凄いね。このなぎさにこうも言わせるなんて!」
「ホントホントホント。やっぱ雪城さんは違うよね!?」
二人が何故か、なぎさでは無くほのかを誉める。とは言っても、日頃の二人を見ればソレも納得ではあるのだが。
しかし、そんな二人の視線に、ほのかはにこやかに首を横に振る。
「ウフフ。私が教えたからじゃないよ。なぎさが真剣に頑張ったから、だからはかどったんだよ」
「ほのか…そうかな?」
「うん。もちろん」
「ありがとう!ほのかにそう言ってもらったから、何かヤル気出てきた!」
親友の優しい一言で元気復活!雨の中、なぎさが軽やかにステップを刻む。だけど
「それなら、今日もやりましょ!?」
「…。はい?」
「はい?じゃなくて勉強よ。せっかくやる気になったんだし。それに、少しずつでも毎日やるのが重要なんだから、ね?」
これはなんと言うか、薮蛇だ。
思わずなぎさの目が点になり、志穂と莉奈が顔を見合わせる。
「あ、じゃあ私たちこの辺で」
「なぎさ、ガンバガンバガンバ!」
くわばらくわばら、そんな言葉を小さく呟きながら、二人が十字路を別れて行った。
「…ほのか、それ本気で言ってる?」
「どうして?もちろんよ」
笑顔、それはもう逆らえない笑顔である。
「あ、ありえない…」
ガックリと呟いて、なぎさが「ハァ」と再びため息を吐く。
「帰ってドラマの再放送でも見ようと思ってたのに…」
「なぎさ、どうしたの?」
「ううん、何でもない…」
トボトボと、なぎさが歩き始める。
そんな後姿を少しの間不思議そうに見ていたほのかだが
「なぎさ、待ってよ!」
と、パシャパシャと水飛沫を跳ね上げながら、小走りに慌てて後を追う。
だが―――「ちょっと待って下さい、プリキュア」
「だ、誰!?」
何の気配も無く背後から突然聞こえた声に、心臓が止まらんばかりにビックリして、二人が慌てて振り返る。
それも無理はない。『プリキュア』とはっきり聞こえたし、おまけにザケンナーと戦って昨日の今日である。慌てるなと言う方が難しい。
「誰なの?」
注意深く二人が声のした方をジッと見つめる。と次の瞬間、声の主がその正体をゆっくりと現した。
「すみません、驚かせてしまって」
「…え?」
「…タツノオトシゴ?」
目の前に現れたのは、今のなぎさの言葉の通りに邪悪とは程遠い、タツノオトシゴに似た(?)小柄な姿であった。
「あなたが今の?」
「はい。ですが私は、タツノオトシゴじゃありませんよ」
柔らかに微笑みながら、そのタツノオトシゴが言葉を続ける。
「私はサンゴ。水の園からやって来ました」
「水の園?」
それは、二人にとっては初めて聞く単語であった。
しかし二匹にとっては違ったのか、コミューンがせわしなく揺れる。
「メップルどしたの?」
「…ぷはぁ!前に長老から聞いた事があるメポ」
「ミップルもあるミポ。水の園は、竜の女王様が治める、平和でとっても美しい所だって言ってたミポ」
あの長老の言う事ではあるが、流石にこれは間違いないだろう。
「ふーん、そうなんだ。それでその水の園の……」
「サンゴです」
「サンゴがどうしてこの虹の園にいるの?」
「ひょっとして、私たちに何か聞いて欲しい事でもあるんじゃないかしら?」
半ば確信めいた口調でほのかが問い掛ける。
「はい。その通りです」
やはり何かあるらしく、真剣な表情でサンゴが頷く。
「実は、昨日もあなた達の戦う姿を陰から見ていました」
「昨日も?それじゃあもしかして、昨日のザケンナーが探してたのって…」
「私の事です」
さらりとサンゴが答える。ついでに言うと、昨日の二人を見ていた影も、もちろんこのサンゴである。
「どうして?どうしてザケンナーはサンゴを探してたの?」
「それは、ヤツの探し物に私が必要だからです」
「探し物?それにヤツって?」
もう分からない事だらけである。しかし、分からない事だらけではあるが、直ぐに分かった事が一つあった。
「やっと見つけたぞ。やはりザケンナーに任せたのは失敗だったか…」
それは、頭上から聞こえたこの不気味な声が、サンゴの言う『ヤツ』だという事である。
「もう逃がしはせんぞ。追い掛けっこはこれで終わりだ…」
雨の中を『ヤツ』が地面へと降りて来る。
冷酷な瞳、そして全身から漂う禍々しい気配。どう見てもただ者ではない。
「サンゴ、まさかあいつが…!?」
「もしかして、昨日のザケンナーも?」
「はい…」
二人の声に、厳しい表情で前を睨みながらサンゴが頷いた。
「ヤツの名はウツボーン。お察しの通り、ドツクゾーンの……」
「やっぱり…」
想像した通りの答え。傘を持つ手に一層の力が入る。
「す、凄い闇の力を感じるメポ!」
「とっても怖いミポ!」
ゆっくりとウツボーンが近付いてくる。二匹の言葉の通り凄まじい威圧感である。だけど―――
「確かに怖いくらいだよ、だけど…」
「…うん。やるしかないわね」
覚悟を決めて、二人が手を繋ぐ。
『デュアル・オーロラウェーイブ!』
「プリキュアだと…!?」
光の中から現れた二人の姿に、ウツボーンが思わずその歩みを止めた。
「私たちの事知っているのね!?」
「光の園に伝わる伝説の戦士にして、我々闇の世界の者にとっての最大の邪魔者…当然だ。成る程、お前等がそうだったのか」
「どうしてサンゴを狙うの!?」
「どうしてだと?簡単な事だ。ジャアクキング様の復活、そしてドツクゾーンの再興の為に必要だからだ」
見下すようにそう答えると、手を前に突き出し、刺すようにサンゴを指差す。
「さて、お喋りは終了だ。いいからそいつをコチラに渡せ。そうすればお前達は見逃してやる」
「見逃す?冗談言わないで!」
「そうよ!誰があなたなんかにサンゴを渡すものですか!」
「ホウ、あくまで逆らうか。フン、面白い…!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるウツボーン。そしてクイッと挑発的に手招きする。
「ならばどうする?さあ、かかって来いよ」
「くっ…言われなくたって!」
その態度に敢えて釣られるように、二人が猛然と向かって行く。
「ダァーッ!」
「ハァッ!」
息つく間も与えないような、いきなりのラッシュだ。しかし
「無駄だ!」
にも関わらず、そんな二人の攻撃をウツボーンは余裕の表情で捌き、一瞬の隙に素早く距離を取るとヌウと両手に力を込める。
「フンッ!」
「きゃあ!?」
それは凄まじい威力で、ドンという衝撃と共に二人がまるで紙屑の様に勢い良く吹き飛ばされた。
「プリキュア!?」
痛々しい二人の姿を目の当たりにしたサンゴの叫び声が、雨の中に悲しげに響く。
そしてその声に満足したように、ウツボーンがハハハと笑い声を上げる。
「どうだ、力の差が分かっただろう?さて、それではお前にはこちらに来てもらおうか…」
再び、ウツボーンがサンゴへと歩き出す。
ムリだと悟ったのか、冷たい雨に打たれながら観念したようにサンゴが目を閉じる。
「そうだ。それでいい…」
邪悪な手が、ゆっくりとサンゴに伸びる。
これでジャアクキングが復活し、宇宙はまた混沌としたバランスへと引きずり戻されるのだ。
「いいえ、まだよ!」
「…何!?グォッ!」
だが、それはまだだった。
不意をつかれ、今度は逆にウツボーンが派手に吹き飛ばされた。
「プリキュア!」
「サンゴは絶対に渡さない!」
「例えボロボロになろうとも、私達が守ってみせる!」
ホッと声を上げるサンゴの前に、二人が並んで立つ。それはまるで盾のようである。
「貴様ら…」
ギリギリと歯を噛みながらウツボーンが立ち上がった。拳は固く握られていて、どす黒いオーラのような物がユラユラと立ち昇っている。
「来る…!」
その形相に、二人が覚悟を決めた。
「……?」
しかし、今はこれ以上彼女達が傷付く事はなかった。
ウツボーンがフゥと呼吸して、冷静な顔に戻ったのだ。
「確かに伝説の戦士だ…いいだろう、今は一旦引き上げよう」
「え!?」
「だが覚えてろ。直ぐにそいつを奪ってやる、直ぐに……」
戸惑う二人に不気味に言葉を残して、ウツボーンの姿が雨の中に消えて行く。
やがて気配は完全に消え、周囲は元の静けさを取り戻したのだった。
「…行っちゃったのかしら?」
「…みたいね」
宙を見つめながら、二人が気が抜けたような口調で呟いた。
辺りは全て元のままで、まるで今の戦闘が夢であったかのようにすら思えてしまう。
だがもちろんそれは現実であり、落ちていた傘と鞄を拾い上げたサンゴが彼女達にスッと差し出す。
「大丈夫ですか?」
「…え?あ、うん…」
ハッとしてそれを受け取る二人。プリキュアと傘、中々シュールな絵だ。
「ねえサンゴ?あいつ、サンゴがジャアクキングの復活に必要だからって言ってたけど、それってどう言う事?」
「ひょっとして、サンゴがそんな力を……?」
「まさか!」
と、サンゴが大きく首を振る。
「そんな力なんかありませんよ。ただ―――」
「ただ?」
非常に続きがきになる『ただ』である。しかし
「まあ、詳しくは水の園でお話しますから」
そんな二人の気持ちをはぐらかすようにサンゴがクルリと背を向け、何やら小声で呟く。
すると、足元の水溜りが鈍く光り出した。
「あ!?」
「さあ、どうぞこちらに来て下さい」
その中に入ってサンゴがにこやかに呼びかけた。多分この光は入り口なのだろう。
「ま、しょうがないか!?」
「フフ、そうね」
言葉はあれだが二人の表情は行く気満々で、ヨッと光の中に足を踏み入れる。
と、それを合図に光が一層輝きを増し、やがて三人を包み込む。
そして、フワリと僅かに浮いたかと思うと、次の瞬間にビュンと空の彼方へと飛んでいった。
* * *
冷たい雨が、ザァーッと降り続いている。
今日は朝からずっとこんな調子で、いつもなら香ばしい匂いに誘われてやって来るお客も、殆どその姿を見せない。
まったく散々な一日で、だからさっきから暇と恨めしさで、頬杖つきながらボーッと空を眺めているのだ。
「どうしたんですか、アカネさん。ため息なんか吐いちゃって?」
ひかりが不思議そうに聞いてくる。思わず吐いた無意識のため息に「ん?」と思ったのだろう。
まあ、普段そんな姿など見せた事も無いので、それも仕方の無いことなのだが。
「何でもないよ。ただ何か張り合いがなくてね。やっぱお客さんがいないと寂しいよね…」
安心させるように微笑みながらアカネが答えた。
「こんな雨ですしね、仕方が無いですよ」
「そりゃ分かっちゃいるけどさ。…ところで、今日はなぎさ達来ないのかな?」
「どうですかね?今日もほら、勉強で…」
「勉強?…ああ!」
クスリとアカネが軽く笑った。ほのかにしごかれてヒーヒー言っているなぎさの姿が、簡単に想像出来たからだ。
「アカネさん?」
「ハハ、何でもないよ。ところでひかり?お客さんも来ないし、あたし達も早目に店じまいしようか?」
「え、良いんですか?」
「良いって良いって。ヨシ!そうと決まればちゃっちゃと片付けるよ!?」
「ハイ!」
元気に返事をして、アカネに負けないようにひかりがテキパキと片付けをする。
と、どこから飛び込んできたのか、雨粒が一滴だけ頬に落ちてきた。
―――なぎささん、ほのかさん…?
その冷たい感覚に、何故か二人の事が頭をよぎる。
だけどそれも一瞬で、すぐに気を取り直すと、もう気にする事も無かった。
・ ・ ・
―――スポン
「……っと!?」
と、光のトンネルを抜けると、そこはもう水の園だった。
「どうです?中々のトコロでしょう!?」
さっそく、少し誇らしげなサンゴの声が聞こえて来た。
でも、それもムリも無い事かもしれない。なんと言っても、この小高い丘の上から見える景色があまりにも素晴しいのだ。
「…スゴイ、こんな綺麗な景色見たこと無い!」
「見て見てあそこ!?あんなに大きな滝があるよ!」
「あっちには虹が架かってるメポ!」
「本当に長老の言ってた通りに美しい世界ミポ…!」
豊に水を湛える美しい湖、豪快に飛沫をあげる滝、そして川沿いには色鮮やかな花々が一面に咲いており、
それらが織り成す幻想的な雰囲気に一同が思わず息を飲む。
と、何かに気付いたのか
「ねえホワイト?あれって何かな?」
とブラックが湖の中心を指差した。
「あそこに何か見えない?」
「本当だ…何かしら?」
湖上にぼんやりと見える物影に、二人がジッと目を凝らす。
何か建物のようにも見えるが、しかし水面には薄らと霧がかかっており、はっきりとは見ることが出来ない。
「そうだ、サンゴなら分かるよね?あれって一体何なの?」
「あれですか?」
どれどれ、とブラックの指の先に視線を向ける。
「あれは私たち水の園の住人が住むお城です。今から案内しようと思ってたんですが、先に気付かれちゃいましたね」
「へえ、そうなんだ。それにしても湖の上にあるなんて、さすが水の園だよね」
「どういう所なのかしら。きっと素敵なお城よね?」
「モチロンですよ」
ニッコリとサンゴが頷く。そして続けてこうも言った。
「ちなみに、私たちはこう呼んでいます―――『竜宮城』と」
「りゅ…」
「竜宮城!?」
そう、竜宮城。
ひょっとしたら、鯛やヒラメが舞い踊っているかもしれない。
―――後編へ続く
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