YES!
長い長い煙突が、空に浮かぶお月様に向かって真っ直ぐに伸びている。
西洋風のこの街並とはどことなく不釣合いなこの煙突。
だけれどもこれは長年住民に愛されてきた煙突で、そして今、その下に彼女達はいた。
「…」
「あれ、どうしたんですかかれんさん?ため息なんかついちゃって?」
かすかに聞こえたその声に、うららが不思議そうに言った。
そしてそれにつられるように、みんなが一斉にかれんの顔を見る。
「ううん、別になんでもないのよ」
4人の視線にニッコリと微笑んで、かれんが首を振る。
「ただ改めて近くで見ると、やっぱり大きいんだなって思っただけよ」
「そっか。そういえばかれんさん、銭湯に来るのは初めてでしたっけ」
「そうよ」
そう、ここは銭湯。町に一つだけある、懐かしのお風呂屋さん。
しかしそんな所にどうしてみんないるのだろう?
…て、別に特別な理由はなく、単純にかれんの家のお風呂が壊れてしまったからなのだ。
今朝いつものようにシャワーを浴びようとしたら、水しか出なかった。
で、それを困り顔でみんなに学校で話したところ
「よーし、それじゃあ今日はみんなでお風呂屋さんに行くぞ!けってーい!」
の一言でこうなったのである。
「みんなは銭湯に来たことあるのかしら?」
「あるけど、私も小さい頃以来だから少しワクワクするわね」
「私も昔はおじいちゃんに良く連れて行ってもらいました」
こまちとうららが顔を見合わせてフフフと笑う。
「私は結構あるかな。ゆうとあいを連れてね」
「お風呂上りの瓶のコーヒー牛乳がまた美味しいんだよね〜」
りんものぞみも、モチロンあるみたいだ。どうやら初めてなのは自分だけらしい。
思い出に楽しそうなみんなの姿に、なんだか少し羨ましくなってしまう。
でも
―――ま、いいわ。その方が新鮮に感じられるもの
「さ、寒いし早く入りましょ?」
* * *
かぽーん
「それじゃあ私達、先に上がってるわね」
そう言って、一足先にこまち達が脱衣所へと出て行った。
もうお風呂はオシマイ。シャンプーや石鹸の貸し借りや、身体を洗いながらのキャッキャウフフもぜーんぶ終了しました。残念。
「ふぅ…」
湯船に残ったかれんが、気持ちよさそうに目をつぶる。
なるほど、これが銭湯ね。家や別荘のお風呂、それに温泉とも結構違うのね。
なんてどこかセレブな感想を思いながら、心の中で1、2、3と数を数え出す。
そして10まで唱えると、さて上がろうかなと目を開けて、何気なく視線を横へとずらす。
とその瞬間、目が合った。
「りん、いたのね」
「ええ、いましたとも」
なんとなーく沈黙が訪れる。
「…かれんさん、まだ上がらないんですか?」
「ええまだよ。りんこそ気にしないで先に上がって良いのよ?」
なんとなーく笑顔でかれんが答えた。
「いえいえ。私だってまだですよ」
「そう。それじゃあお互いまだゆっくりと浸かってましょ」
「そうですね」
「そうよ」
「ふぅ…」
「はぁ…」
かぽーん
「…りん?いい加減に上がりたくなったんじゃない?」
「いいえ、ぜーんぜんっ。かれんさんこそそろそろ出たいんじゃないですか?」
「まさか。外は寒いし、風邪引かないようにしっかりと温まらなくちゃ」
「ですよね。まだまだですよね」
「そう、まだまだよ」
「まだまだ…」
「まだまだ…」
「…」
「…」
かぽーん―――
「二人とも遅いわね」
いつまで経っても出てこない二人に、こまちが少し心配そうに言った。
「うん。いったい何やってるんだろう?」
「ちょっと覗いてみましょうか」
うららの言葉に二人も頷いて、そしてガラリとドアを開ける。と
「のぉっ!?りんちゃん、かれんさん!?」
「顔が真っ赤です!」
「二人とも大丈夫!?」
「うーん…」
「はーふー…」
のぼせました。
* * *
「お帰りなさいませ、お嬢様」
ドアを開けると、いつものように爺やがにこやかに迎えてくれた。
「銭湯の具合はいかがでした?」
「良かったわ。まだ全身がホカホカよ」
「そうですか。それはよろしゅう御座いました」
その返事に、爺やがまるで自分の事のように嬉しそうな顔をした。
実は湯船に浸かりすぎてのぼせたのよ、なんてはとても言えなかった。
ゴメンなさい爺や。だって、そんなの恥ずかしいじゃない。
それにしてもりんたら本当に意地っ張りなんだから。あれじゃあ意地っ張りんね!
「いかがなされました?」
「なにが?」
「ずいぶんとニコニコされてましたが」
「え?私ってばニコニコしてた?」
まさか意地っ張りんで!?とドキッとしてしまった。だけど
「はい、それはもう嬉しそうに。みなさんで行かれたのが余程楽しかったのですね」
「あ…ええ、まあ…」
って冗談じゃないわ。だってりんのせいでお風呂でのぼせちゃったのよ。もう行くもんですか。
だから楽しかったはずなんかないわ。楽しかったはずなんか―――はずなんか…楽しかった…
…楽しかった。そうね。確かにのぼせちゃったけど、でも何だかそれも楽しかったかも知れない。
ううん、楽しかった。全部、ずっと楽しかったのよ。多分りんもそう。
だって別れる時、お互いに笑顔でサヨナラって言えたもの。
フフッ。どうも素直じゃない意地っ張りなのは、りんだけじゃなかったみたいね。
「ねえ爺や…」
「はい?」
「明日は直るのよね?」
「はい。残念ですか?」
「ウフフ、どうかしらね」
半分本音で半分ウソ。
だけどもし、もし明日も直らなかったら、そしてもし、もう一度今日と同じように誘われたら。
その答えは当然―――
YES!
…あ、だけど今度はのぼせないようにしなきゃ、ね。
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