夢と現実の間で
「『み吉野の 花のさかりを けふ見れば 越の白根に 春風ぞ吹く』……この和歌の意味を、そうね―――」
誰にしようかしら?そう思いながらよし美先生がグルリと教室見回す。
当てられまいと視線をそらす生徒達。
しかしそんな中、なぎさだけが物憂げな表情で空を見つめている。
その瞳に見ているのは一体…?
―――…ハァ、お腹すいたよ。
あ、あの雲なんだかクロワッサンみたいな形してる。美味しそう…
早くお昼にならないかな…
…やっぱり色気より食い気。
グゥと鳴るお腹の音に一つ大きく溜息をつく。
とその時
「―――じゃあ、美墨さんお願いね?」
「ハイ?」
油断大敵。
突然のご指名に頓狂な声を上げるなぎさ。
「なぎさ、和歌の意味だよ…」
「え?中の黄身?」
せっかくの莉奈の助け舟もまるで役に立た無い様子。
「美墨さん、聞いてなかったわね?」
「ハイ…スイマセン…」
「しょうがないわね…。じゃあ雪城さんお願い」
「はい。この意味は―――」
* * *
「アカネさん!タコ焼き一つお願いね!」
「ハイヨ!」
夕方のタコカフェで交わされるお馴染みの会話。
しかしいつもとは違う光景にアカネが疑問を口にする。
「…あれ?今日はほのかと一緒じゃないんだね。どうしたの?」
「ほのかは今日は部活が遅いみたいで、それであたし一人なんです」
「フーン、なるほど。そういう事…」
その答えになにやら意味深に呟くアカネ。
そしてユックリとなぎさに視線を向けながら話しかける。
「……ねえなぎさ。話は変わるけどさ、ちょっと家においでよ?あたしが学生の頃よく見てた面白いモノ見せてあげるからさ。
これからのあんたに絶対に役に立ついいモノだから、ね?」
「ホントですか!?行く、行きます!アカネさんの家行くの初めてだし絶対行く!」
「そうかい…じゃあ、もうお店閉めるから今から行こうか」
「え、今から?お店こんなに早く閉めちゃっていいんですか…?」
「大丈夫だって。お店の事は心配してくれなくていいから。……それにこんなチャンス滅多に無いからね…」
「何か言いました?」
「いや。何でもない、独り言。さて行くよ!」
「ハイ!楽しみだな〜」
・ ・ ・
「へぇ〜ココがアカネさん家なんだ…意外とキレイですね」
自分が思っていたのと違っていたのか、やや拍子抜けしたようになぎさがアカネの家の感想を口にする。
「意外ってのは心外だね。あたしはちゃんとした人間だよ?それにひかりだって居るんだしね」
「そうですか?…あれ?そう言えばひかりは?」
「うん、ちょっと買い物に行って貰ってるんだ…」
「そうなんだ…ところで面白いモノって何です?早く見せてくださいよ!」
「ああ…そうだね。ホラ、これだよ」
そう言うや否や、なぎさの目の前にビデオテープを一つ差し出す。
「何だろう。学生の頃よく見てた役に立つって事は、ラクロスのビデオかな?」
「………フフ、どうだかね」
ワクワクと楽しそうななぎさに何やら訳アリに微笑みながら、アカネがデッキにテープを入れ再生ボタンを押す。
期待に胸を膨らませながらまだ真っ暗な画面を凝視するなぎさ。
だが映像が流れてきた次の瞬間、その笑顔が一瞬にして凍りついた。
「……え?」
そこに映っていたのはなぎさが今まで見たことも無いような映像―――男女の卑猥な交わり―――であった。
「アカネさん、これって…」
驚き振り返るなぎさだったが、その目に飛び込んできたのは冷たい目で自分を見つめるアカネの姿。
「…アカネさん?」
その異様なたたずまいに思わず背筋に悪寒が走る。
「あたしはね、ずっとあんたの事を狙ってたんだ…」
「え?」
突然の言葉に混乱するなぎさ。
だがそれを気にする素振りも見せずにアカネが話を続ける。
「じっくりと待ってたんだよ。あんたがあたしに耐えられる位に成長するまでね…。でもね、ある時気付いたんだ。
あんたの心の中のあたしが埋めるはずだった空間が、あの子で満たされている事にね…」
「あの子って……まさか。アカネさん勘違いしてる。あたしが好きなのは…」
「本当に?本当にそう?雨の日も晴れの日も、旅行だって誕生日だって、いつだってあんた達は一緒。
二人が交わす笑顔を見る度にあたしの心は締め付けられた。だから分かるんだよ。あんたが好きなのは、本当に好きなのは…」
そこで一旦言葉を区切ると、妖しく口元を歪めながらユックリとなぎさへ近づいて行く。
「でもね、あたしが忘れさせてあげる…」
「アカネさん、イヤ…」
「あたしのなぎさ…」
「イヤ…!!」
そして、恐怖に身を凍らせるなぎさの頬に手をやりながら、吐息と共にアカネが耳元で囁く。
「メチャメチャにしてあげる…!」
「嫌ッ!ほのかぁぁぁ!!!」
………
…
「ほのかぁぁぁ!!!」
「!?……美墨さん、どうしたの?」
「……え?」
突然の呼びかけに顔を上げるなぎさ。思わず周囲を見回してみる。
その視界に入ってくるのは怪訝そうなクラスメイト達の顔・顔・顔…。
「…教室。……夢?…よかった〜」
「よかった〜って美墨さん、授業中に居眠りする事はちっともよく無いんだけど?」
「ス、スイマセン!」
「マッタクしょうがないんだから…。ちゃんと他の人の朗読を聞いてるのよ?じゃあ次は―――」
よし美先生の言葉になぎさが慌てて教科書に視線を落とす。
しかしフゥと一つ息を吐き出すと、頭では先程の事を考える。
(いつの間にか寝ちゃってたんだ…。ハァ、それにしても何であんな変な夢見ちゃったんだろう?
怖かったなアカネさん、まだドキドキしてるよ。でも夢とは言えあたしってば何考えてるんだろ。
ほのかの事が―――なんて絶対あり得ないのに……)
絶対ありえない―――そう思うものの、何故か釈然としない気持ちが心の底にくすぶっているのが分かる。
気持ちを紛らわすように視線を再び外へと向けるなぎさ。
そんななぎさとは裏腹に、初秋の空は何処までも青く続いていた。
* * *
「マッタク!志穂も莉奈も冷たいよね、さっさと帰っちゃうんだから!」
一人文句を言いながら校門へと小走りに道を急ぐなぎさ。
するとその途中、校舎の方から歩いてくるほのかの姿が見えた。
「あ、ほのかだ!おーい、ほのか!一緒に帰ろ……!?」
声をかけようとしたものの、ほのかに駆け寄って来た人影に思わず躊躇する。
「ユリコ?」
そう、駆け寄って来たのはほのかと同じ科学部のユリコ。
本を片手に何やら話し込む二人を見て
「しょうがない…今日は一人で帰るか…」
と、なぎさがクルリと踵を返そうとする。
が、二人の楽しげな笑顔を見たその時、チクリと胸が痛み出した。
「……え?」
訳の分からないその感覚に戸惑うなぎさ。
そんな中、何気なく視線を前に向けてきたほのかと目が合った。
「あっ!なぎさー!」
嬉しそうに手を振るほのか。だが…
「……っ!!」
突然なぎさが逃げるように駆け出していく。
「ちょっとなぎさ…!」
想定外のなぎさの行動に驚き戸惑うほのか。
しかし追いかけようとした時には既に、なぎさの姿は見えなくなっていた。
・ ・ ・
(ハァ…何で逃げ出しちゃったんだろ?)
薄日差し込める誰もいない部室の中で、乱れる呼吸を整えながらなぎさが自問する。
だが脳裏に浮かんで来るのはほのかの笑顔、ほのかの声、そしてほのかの香り。
(何で?何でほのかの事ばっかりが浮かんでくるの!?分からないよ!!)
望まぬ答えに苛立ち混乱するなぎさだったがその時、
昼間の夢の台詞が唐突に頭の中に蘇ってきた。
―――心の空間があの子で満たされてる
―――本当に好きなのは…
その途端ドキドキと高鳴る胸、カーと熱くなる身体。そしてソレらが脳裏のほのかへと結びつく。
その瞬間、なぎさの中で何かが弾け、何かが生まれた。
「ウソ……マジで?」
信じられないといったように呟くなぎさ。
だが何度否定しようとしてもその度に結果としてソレが事実である事を認識させられる。
「ありえない…どうしよう…」
想像だにしていなかった事態に思わずよろめく。
とその時
「なぎさここに居たのね?探しちゃったよ…」
なぎさを探していたほのかが部室へと入ってきた。
「どうして急に走って行っちゃったの?」
「………」
「黙ってちゃ分からないよ。何かあったの?私でよかったら相談に乗るよ」
その美しい眉を心配そうにひそめながらほのかが優しく問いかける。
そんなほのかを見つめていたなぎさだが、やがて意を決したように口を開く。
「あのね……」
「うん?」
「あの……ほのか、この後何があっても友達でいてくれる?キライになったりしないよね?」
「当たり前じゃない!どうしたの?」
「良かった…」
ほっとしたように一つ息を吐き出すなぎさ。そして再びほのかに視線を向ける。
「あたし、告白しようと思うんだ…」
「なぎさ…!藤村君に告白するのね!」
興奮気味に目を輝かせるほのか。
だがなぎさは静かにかぶりを振る。
「え!?違うの?…誰?」
「それは……ねぇ、ちょっとコッチ来て?」
「?…いいけど」
恥ずかしいのかしら―――不思議に思いつつも自らそう納得してほのかが近づいて行く。
「…で、誰なの?」
「それはね……」
声を潜めほのかに顔を近づけるなぎさ。
だがその目標は耳ではなく桜色のその唇。
そして―――
「ほのかぁ〜〜」
―――ドサッ
「痛ッ!……何!?」
頓狂な声を上げ、寝ぼけマナコを擦りつつなぎさが周りを確認する。
すると横にあるのは自分のベッド。
「何だ、落っこちたのか……って、今のもまた夢!?勘弁して…」
眠いやら情けないやら、ホッとするやらチョット残念やら…色んな気持ちが心に湧いてくる。
そしてハァと一つ溜め息をつき再びベッドに潜り込む。
(それにしても生々しい夢だったな…。そっか、逃げたとこまでは現実だったっけ。それならしょうがないか……)
そんな事を思いながら目を閉じるなぎさ。カチカチと時を刻む時計の音が心地よく耳に響いてくる。
やがて、その規則正しい音にいざなわれる様に再び眠りへと落ちて行った。
* * *
「オハヨー」
「おはよう!」
爽やかな秋晴れの空の下、生徒達の元気な声があちこちから聞こえてくる。
そんな中、なぎさがいつになく難しい顔をしながら歩いている。
頭にあるのはもちろん今朝の夢の事。考えれば考える程、夢だったのか現実だったのか分からなくなってくる。
(でも本当だとしたら、あたしってば昨日ほのかとキスを……うわわわ!ありえな〜い!!)
一人顔を赤くして身悶えるなぎさ。と、その時…
「どうしたの?…首なんか振っちゃって」
「ほ、ほ、ほ、ほのか!?」
「そんなに驚く事ないじゃない。それより朝から悩み事?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
「それならいいけど…。それより、そんなにユックリ歩いてたんじゃ遅刻しちゃうよ?」
「う、うん」
並んで歩く二人。話に相槌を打ちつつもなぎさが横目でほのかを観察する。
そこにあるのはいつもと変わらずに振舞う姿。
そんなほのかの様子に
(やっぱり夢だったのかな?そうだよね。でもチョット残念かも…なんてね)
などと一人納得してみる。
そして気を取り直して昨日の出来事を振ってみた。
「そういえばさ、昨日はゴメンね。ほのかを無視するように行っちゃって。チョット急いでたんだ」
「……?」
なぎさの言葉にキョトンとするほのか。
―――あれ?確かに逃げ出したとこまでは現実だと思ったんだけど、あれも夢だった?
と、思わぬ反応になぎさが再びうろたえる。
「フフッ、ちょっとコッチにきて」
そんななぎさの様子にクスッと笑うと、突然ほのかがなぎさの手を取って脇道へと引っ張っていく。
「何?突然どうしたの?」
「昨日の事、夢だって思ってるんでしょ?」
「え、どういうこと…?」
「こういう事…」
にっこり笑うほのか。そしてスッとなぎさに顔を近づけると―――
―――チュッ
いきなりのキス。
その瞬間、なぎさの頭の中に昨日の出来事が鮮明に蘇ってきた。
―
――
―――
「…で、誰なの?」
「それはね……」
声を潜めほのかに顔を近づけるなぎさ。
だがその目標は耳ではなく桜色のその唇。
そして―――
そして二つの唇が静かに重なった。
どれ程そうしていたのだろうか?やがてユックリと唇を離すと、ほのかの耳元でなぎさが呟く。
「ゴメンね…。でも、気持ちを抑えられなくなっちゃったんだ…。気付いちゃってさ、あたしほのかの事…」
そこまで言ってほのかを見ると、遠くを見つめたまま固まっている。
「ゴ、ゴメン!忘れて!……ってムリだよね。ハァ、サイアク……」
ほのかの様子に慌てて場を取り繕うなぎさだが、スグに自己嫌悪から肩を落とす。
だが、そんななぎさの頬にスッと手が伸びてきた。
「…そんなにガックリしないで。確かに少しビックリしたけど、ただそれだけだから」
「……?」
「むしろ嬉しいのよ?だってなぎさが私の事こんなに想っててくれたなんて思ってもみなかったもの」
「ほのか…」
「それに、私もなぎさの事大好きだから…。だから…!?」
その言葉を遮り、突然なぎさがほのかを強く抱きしめる。
「ありがとう、ほのか…。ねぇ、あたし達これからもずっと一緒だよね?」
「うん、もちろん!ずっと一緒よ、ずっと…」
見つめ合う二人。
そしてお互いにフフッと微笑むと、再び唇を重ね合わせる。
そんな二人を、窓から射す夕日が美しく照らし出していた。
―――
――
―
「あっ!!」
「フフ、思い出したみたいね」
「うん、思い出した…。夢じゃなかったんだね…」
蘇った記憶にハッとしながら呟くなぎさ。そして改めてほのかへと向き直る。
「ほのか…」
「なぎさ…」
ギュッと両手を繋ぎ、熱い視線で見つめ合うなぎさとほのか。
暫くそんな甘い雰囲気に浸っていた二人だったが、ふとほのかが思い出したようにある疑問を口にした。
「ところで、昨日は本当は何で逃げ出したりしたの?」
ギクリとするなぎさ。イヤな汗が出てくるのが分かる。
「え?知りたいの?」
「うん知りたい。どうして?」
―――まさかユリコに嫉妬してだなんて言えないよね…
「そ、それは…」
「それは?」
「その……って遅刻しちゃうよ!ほら急ごう!」
答えをはぐらかすかのように突然走り出すなぎさ。
それを見て慌ててほのかも後を追う。
―――もう、ユリコにやきもち焼いたからって言えばいいのに。
なぎさってば素直じゃないんだから…フフ、でもいいかナ。
「あぁん、待ってよ!なぎさ!」
〜おしまい〜
![]()
TOPへ